冬の昼 『冬解き』
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「誠風明月」、公開おめでとうございます!
土方組さにの作品が揃うということで、個人的にもとても楽しみにしておりました。
私は冬の昼の担当、ということで、寒くてきらきらした、気持ちの良い冬をイメージして。
少し焦れるような少年らしさと眩しさを感じて貰えたなら幸いです。
何パターンか書いて、死ぬほどボツを出したのですが、悩むのも合わせてとても楽しく書かせていただきました。
いつも書いているシリーズものから審神者を持って来させていただいています。よわむし審神者と呼んでおります。
精一杯書かせていただきましたので、少しでも楽しんでいただけますように。
素敵な企画に参加させていただき、本当にありがとうございました!
空は青くて風は冷たい。
足元は真っ白で、進んだそばから足跡がくっきり残る。
吐いた息は白くなりかけて、きらきらと太陽の光に溶けてゆくのが、なんともなしに楽しかった。
「堀川、何してるの?」
ひょいと背後から声がかかって、堀川は本丸の中から外に出て来たばかりの清光を振り向く。元より気配で察していたから、驚くことはない。
堀川と同じように真っ白な庭にさくさくと足音を立てて来た清光は「さむ」と、ぶるりと一瞬肩を竦めて、気を取り直したように隣に立った。堀川は少し笑う。
「いや、今日は天気がいいなと思ってさ。寒いけど、雪が降ったあとの昼間って、すごく眩しいよね」
「確かにね。けど地面ぐずぐずになっちゃうし、泥跳ねるし、戦ったりしたら散々だろ。……ていうか堀川、寒くないの?」
そう清光が訊ねたちょうどそのときだった。
「うわ、さむ」
清光とほとんど同じ仕草で肩を竦めて、本丸から出て来たのは安定だ。今日はこの三人で遠征に向かう予定だった。
安定は清光と堀川を見比べるように見て、首を傾げる。
「堀川、寒くない?」
「ははっ、さっき清光に同じこと訊かれた」
「てか同じことしてるし。……ところで主は?」
くすくすと清光が笑って、ふと本丸の中を覗き込むように見た。
「主さんならもう少しで来るんじゃないかな、見送るって言ってたから」
「主の仕事、終わったの?」
「みたい……だけど、最近引きこもってたのは仕事じゃないって言ってたかな」
「そうなの?」
「僕たちが遠征行くの見て、何か思いついたんだって。それが何かは僕も教えて貰えなかったけど」
堀川が苦笑すると、ふうん、と清光がからかうように笑う。
「お気に入りの堀川にも教えないとなると、気になるね?」
「なるねえ?」
重ねて安定も冗談めかしてくつくつ笑うから、思わず堀川はきょとんとしてしまう。
「お気に入りって、そんなのじゃないよ」
「まーたそういうこと言う。本気で言ってたら嫌味だよ?」
「本気で言ってるよ、確かに身の回りの世話は脇差が多いけど、僕だけ特別扱いなんてほとんどないでしょ」
「堀川がそう思ってるだけじゃない?」
「そんなことないってば。……と、ほら、噂をしてたら主さんだよ」
本格的に困って来た頃に、ぱたぱたと小さな足音が駆けて来るのが聞こえて、堀川は半ばほっとして玄関のほうを見やる。
ちょうどひょこりと中から顔を覗かせた主は、相変わらず雪のように白い。白い狩衣に白銀の髪、青い瞳と揃って、その出で立ちはよく冬に馴染む。
「すみません、遅れてしまって……っ」
「大丈夫ですから、慌てないで。また転んじゃいますよ」
堀川がくすくす笑って声を掛けると、主は転んだ先日の一瞬を思い出したのか、ぴたっと一瞬止まってから、心持ち慎重な足取りで外に出て来た。
その足先を気にするように見ながら、安定が眉をひそめる。
「主、転んだの?」
「……ええと、その、一昨日」
「雪の降り始めにはしゃいだんだ?」
「あれ、そういえば去年も初雪の日に怪我してなかった? 庭で」
思い出したように清光から向けられた視線から、主はさっと目を逸らす。安定があからさまに呆れたため息を吐いた。
「敵もなにもいないとこで怪我されたらたまらないよね」
「す、すみませ」
「僕らの怪我にはかすり傷ひとつで泣くくせになんで自分は気を付けないかな」
「う、すみません……」
「まあまあ、安定」
安定の諫言にしゅんとすっかり小さくなってしまう主を庇うように一歩前に出て、堀川は苦笑する。
この本丸における堀川たちの今の主は、やたらと気が小さい。本丸を総べる主ではあるが、大きい刀剣は最初おしなべて怖がるし、刀剣の傷を嫌って出陣をさほど好まない。
怪我をして戻れば必ず泣くし、重傷でも負おうものなら部屋に三日は引きこもる。
当初は怖がられない筆頭の堀川を筆頭とする脇差たちが傍を固めて他の刀剣との繋ぎを取ることでどうにかしていたのだが、今ではさほどでもなくなった。
あまりの頼りなさに眉を顰める刀剣がいないでもなかったが、主としてのいざというときの判断力や指示に関しては申し分ないとあって、狩衣の男装束ながら、『彼女』がこの本丸のたったひとりの主たる審神者であることに間違いはなかった。
むしろ主が泣かぬようにと皆出陣で極力傷は避けたし、ほとんど困ったような顔をしている主が稀に見せる臆面のない微笑みは随分貴重なもので、それを見るためにあれこれ努力を尽くす刀剣も少なからずいた。
「主さん、雪好きだし。一昨日は僕も一緒にいたから大丈夫だよ」
「や、転んだなら大丈夫って言わないんじゃない?」
「だ、だいじょうぶ、だったんです……。堀川さんがぎりぎりで」
「うん、ぎりぎりで僕が緩衝材になったからなんとか」
緩衝材、とまじまじ見て来た安定と清光に、苦笑を深くして堀川は真っ白な庭を見渡す。
「今ほどじゃないけど、雪もまあまあ積もってたしね。……そういえば主さん、寒くないですか? 上着は?」
ふと気づいて、堀川は主を改めて見た。主は慌てて部屋から出てきたばかりと言った様子で、普段使っている羽織も着ていない。その代わり何か腕に抱えていた。
「風邪引くから、ちゃんと着てくださいねって言ったのに」
「す、すみません、急いでいて……。でも、その、間に合って良かった。遠征に、持って行ってほしくて」
「……持って行く?」
何も持つものはなかったはずで、堀川はぱちくりと目を瞬かせる。けれども主は答えるより先に、腕に持っていた何かを広げた。そして、まじまじ見る前に、そっとそれを堀川の首に巻く。
ぱさ、と柔らかな音の衣擦れが聞こえて、ふんわりと首元が温かくなったのは同時だった。
「……よかった、ぴったり、です」
する、と白い指が離れて、主がふわりと小さく笑うのが見える。
え、と呟いて、堀川は半ばぽかんとしたまま、首元に触れた。
青より淡く、浅葱より深い、冬の空のようなその色。首元に巻かれた、丁寧に編み上げられたそれは、あたたかなマフラーだった。
「これ、って」
「は、い。堀川さんに。……このあいだ三人で遠征に行ってもらったときに、堀川さんが、その、寒そうに思って、しまって」
主は安定と清光を見やって、襟巻きがないから、とぽそりと呟く。
「だから、次の遠征までにって、江雪さんに教えて貰って」
「江雪さんに?」
「はい。編み物、お上手なんです、よ」
がんばりました、とほっとしたように笑った主に、当の堀川も清光も安定もぽかんとしていたが、一番最初に我に返ったのは清光だった。
「って、ことは、これ主の手編み? えっ、なにそれ羨ましい」
「ここしばらく引きこもってたの、これやってたんだ? 堀川のだけ?」
「その……慣れなくて、ひとつ作るのが精一杯で」
安定の確認に、清光が素直に、ええ、と不満そうに唇を尖らせる。けれどもすぐに、つんと堀川を小突いて来た。
「だってさ、堀川、何か言ったら?」
「あ、えっと。……ええと」
ぽかんとしてしまった頭はすぐには切り替わらなくて、堀川は少し言葉を探す。それからやっと主をまっすぐ見て口を開いた。
「ひとつだけなのに、僕が貰っていいんですか?」
「……いけません、か?」
目に見えて主がしゅんとして、堀川は慌てて首を振る。
「いや、だめってことはなくて、むしろ嬉しいですけど、僕でいいのかなあって。みんな欲しがるだろうし」
思わず言ってしまえば、主は何度か目を瞬かせて、それからぽすぽすと巻いたマフラーを馴染ませるように撫でた。
「……堀川さんに、と思って作ったから、堀川さんのものです。誰にもあげないでくださいね」
主が柔く笑って、それからすぐはっとしたように、引き留めてすみません、と溶けかけた雪の上にちいさな足跡を残して数歩下がる。
お土産は何がいい、と清光が訊いて、無事に帰って来てください、といつも通りに主が返して、じゃあ行ってきます、と二人が一足早く踵を返す。
それを視界の端で見ながらなんともなしに動けずにいた堀川だったが、不意にぐいと後ろからマフラーを引っ張られて我に返った。
「ほら堀川、行くよ」
「わ、ちょっと安定、引っ張らないでって」
「いいよねマフラー、別に俺も自分の襟巻気に入ってるけど、ちょっと外したくなるっていうか」
「ちょ、ちょっと清光まで引っ張らないで」
「はいはい。……で、誰が特別扱いされてないって?」
ぱ、とマフラーから手を離しがてら、ぽそりと耳元で冗談めかして笑われて、なんだか妙に気恥ずかしくなった。
それを誤魔化すように、二人に促されて歩き出しながら、堀川は見送る主を振り返る。
「主さん、行ってきます!」
白い雪道に、赤と白と青の色が、ふわりと靡いてきらきら光った。